空前の自己責任論ブーム 煽りすぎると定番化しちゃうぞという妄想の回 窓野総研 第102回
2013/09/01
そもそも天候が不安定な6月に出航するって変なのー♪というのはともかくとして、久々の自己責任論ブームである。
事の推移はこんな感じ。
とある人が船を使った冒険の旅に出ました。冒険の途中で緊急事態が起こりました。最終的に救助してもらいました。
ただ、そのとある人というのが、今まで、こういうことになったら自己責任なんだからさーって言ってた人だったもんだから、さあ大変。
主張との整合性はどうなんだよという感じで煽っている人がいるという状態である。
基本的にこの手の煽りは、費用を払わないだろうというポジションのもと語っているのかもしれない。某タブロイド紙の記事なんかは、まさにその流れだ。
でも、この手の煽りに対して、アクションを起こしかねない相手だった場合、その煽り、どうなの?って話である。
その人が、自分のプライドや主義主張のためなら、なんでもやっちゃうタイプの人だったらというのを、ちゃんと想定して煽っていますか。そこの、左がかったあなた。
つまり、この煽りに対して、本当にその人が、分納的なやり方をすると宣言した場合だ。
例えば、費用は一括では払えないけれども、その代わりに1年に数十万を何十年かに分けて、国に寄付しますわとか、今後、本の印税の一部を国に寄付するわって話になった場合である。
もしそうなった場合、メディアの使い手でもあるその人の意見は広く知れ渡ることになるわけですわな。
それで、やっぱり、筋通したよねとか、やっぱり、自己責任って素敵やん。自己責任のおかげで彼氏・彼女ができました。自己責任のおかげでジャグジーに札束を入れるぐらいになれましたといった賛同者が増えた場合、痛手をこうむるのは、そこそこお金を持っている層よりも、あまり収入源が無い層になる。
たとえば、富士山うんぬんの件も含めての登山ブームもあったりして、たとえば、今後、老後の趣味として、山登りする人もさらに増えるだろう。
そんなとき、遭難した人が出てきた場合、その人がたとえ年金ぐらいしか収入源が無い人であっても、金がないやつは、分納的に払えよ、寄付しろよコノヤロー的な世の中の流れになった場合、その人は果たして今後、生活できるのかな?
これがますます進んで行きつく先っていうのは、公共サービスで少し特別なことをしてもらった場合、税金や行政手数料以外に、そこそこの金額の寄付を強制される世界なわけだ。そんな自己責任世界になる可能性だってあるんだよ。
ってな感じで、煽れば煽るほど、世の中にある自己責任論を強化させるか、弱化させるかの決定権は、その助けられた某氏が持つことになるわけだ。
積極的な自己責任論者なら、その展開待ってましたって感じなのだろうけれども、某タブロイド紙や某元外交官の人のポジションだと、おそらく、そっちの展開は望んでいないだろうから、まあ、煽るのはほどほどにといったところである。
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